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日志


6月2日

入殓师

 

昨晚看了《入殓师》

震撼  死者的美丽和注视的视线的温柔  直抵心灵

 

唯美的画面,斑驳的色彩和光影,如诉的大提琴里

聆听生命的惊涛骇浪

爱与死都很美

 

音乐原来是久石让的

我们看到了<もののけ姫(幽灵公主)>的宇宙视角和狞厉抒情重现

 

不由得憧憬起从未去过的山形县的荒野民家落英

还有向死溯流而上的鲑鱼

不可思议的前世后生

 

4月28日

鬼子来了

 
    四川出差归来给自己放假。
    昨起看完动画版《七武士》(KENZO,十三碟版)欲罢不能。那飘逸的日语对白在耳边不绝如缕,今遂找出姜文自导自演的《鬼子来了》放上,一下子跌入沉重的现实里。
  
     一句话,《鬼子来了》拍得棒极了!
     编造的故事,逼真得让人透不过气来。
     它应该是解毒中日对抗情结的最佳文本。奇怪这部片子为何没有引起更多的反响和讨论。姜文和这伙中日演员联袂演绎的这残酷的故事,值得中国人和日本人共同关注。
 
     故事发生在河北某村,抗日战争临近结束那年。
 
     庄稼人马大三和村里人平日里可不问什么爱不爱国的。管他来的是日本鬼子还是八路军,要的就是别干缺德事,没灾没病安生活着。马大三有个奢望,那就是别再被村里人戳脊梁骨,希望哪天能天堂而皇之把叫作鱼儿的俏丽寡妇恋人娶进自家门。
    
     马大三贪恋鱼水之欢的某晚,八路(?)拿枪低着他脑门把装在大麻袋里的鬼子丢进来,叫他“保管”到大年三十儿。落难的鬼子惊恐地嚷着要玉碎,马大三儿给鬼子治伤、弄吃的,不干有丝毫差错:到时交不了活的没命啊。惨的是转眼半年过去了,没人来领鬼子。村人们反复商量要杀了埋了他们,执行者马大三偷偷把鬼子藏在长城炮楼子养起来。
     干嘛不杀?人道主义?热爱生命?这都是苍白“小资”字眼。马大三是怕的是犯忌。鱼儿就在鬼子被丢进来那晚怀上了孕,鬼子死了那鱼儿怀的岂不成了鬼胎?
 
     当逃生无望时,当初满脑子天皇陛下的鬼子,露出了农家子弟真面目,眼泪鼻涕告饶求生,感激马大三迄今不杀之恩,提出把自己交给皇军换取报恩粮的主意。“队长是俺村的,对俺可好了,我保证他说话算数……”鬼子的话纯朴实在,马大三儿无法不信服,因为鬼子讲的就是天下农家人的理儿。看着演员真挚表演,霎那间,我也忘记了鬼子身份,
 
     于是悲剧发生了。
 
     鬼子摁了手印的契约,出身同村人的鬼子队长要兑现--因为他要证明“我们日本人是说话算数的”。他还要额外奖赏两车粮,并亲自到村里设宴酬谢老小村人。几巡酒过后,村里长老唱戏助兴,鬼子队长亦即兴高歌,一派热闹派对场面……。看到这里,观众刚要感叹日本人抗了枪是鬼子,把枪搁一边时便是人--庄稼人、手艺人等等,战争中依然有没被抹杀的人性,鬼子队长突然心生疑窦:“这会儿马大三咋不见?你们是不是串通一起?马大三是去找同伙儿了吧?告诉我待会儿要带多少人过来?!”。可爱的村老淘气地眯起眼:“是啊他是找人去了啊(潜台词:是相好啊),不会带多少人来的(潜台词:只有肚里的一孩子)。” 鬼子队长听之脸儿一抹,歇斯底里地端起枪向村人扫射。惨绝人寰的屠杀拉开序幕。    
     摇着小船儿接鱼儿赶来的马大三,被眼前一幕惊呆了……。
 
     影片结尾:
     马大三冲进俘虏营,拿大菜刀杀伤鬼子无数,被捕。
     军事法庭上国民党将军铿锵宣布:破坏和平承诺的败类死有余辜,特判死刑立地执行。这个高傲的军男人不想弄脏中国人的手,便命被俘的鬼子兵执行。鬼子队长亦不卑不亢:我们已投降故不应使用武器。请允许用日本人视为身体之延伸的日本刀。
     于是,抗战胜利之日,在日本大刀下,马大三的巨大人头怦然落地。
     行刑的正是,马大三无数次挣扎着不忍杀害的那个鬼子兵。
 
     最后一个镜头:
     马大三的没有血色的人头在大街中间神秘地嘿笑着……。
 
     试想中国人和日本人一同观看此片的情形,他们分别有什么样的感想呢。
     庞然大物般的国家机器--军队和成为其零部件的个体--军人,已经不是正常意义上的人了。
    人的有血有肉,人的爱恨情仇,在国家/民族的对立面前一下子萎缩,迅速变渺小,小到找不着丝毫的温度热度。
    
    《鬼子来了》比战争片恐怖。它是人被仇恨、恐怖、偏见撕裂变成魔鬼的故事。适用于全人类。日本自不必说,中国人也不例外。
    警钟长鸣。    
 
1月9日

地球交響曲

 
   この正月、昼間は受験勉強中のTreeを意識しながら料理掃除洗濯や犬の散歩に専念し、夜は夜で香り立つウーロン茶を片手にそぞろテレビに向かい、シリーズ映画・「地球交響楽・ガイヤ・シンフォニー」(龍村仁監督/5)に没入する贅沢を味わった。

  この映画が、いままで見てきたどの部類に属するか、私は知らない。強いて言えばドキュメンタリーだが、フィクション映画以上の劇的なストーリー展開、叙事詩的な壮大なスケールのロマンと、宗教体験にも通じる神秘的なメッセージ性を併せ持っている。映画に登場する一人ひとりの人物の目の輝き、独白、この世のものと思えない美しい音楽と画面には、身体の方が反応し、ときどき強い戦慄が体じゅうを走った。特典映像を含め8時間もの長きにわたる全編を見終わった後も、風の音、海の色、火の舞、数々の誕生と死の瞬間が目に耳に脳裏にこびり付いていて、心のざわめきが一向に収まらない......

  http://www.gaiasymphony.com

   そのとき初めて、同じ町に住んでいながら5.6年間ほとんど音信不通だった親友が、どれだけのビッグプレゼントを用意してくれたかに気づかされた。年の瀬にようやく実現した会食後、相変わらず高揚な感情表現は控える彼女が、思いついたかのように差し出したのがこのDVDセットだった。さめやらぬ興奮の中で彼女の胸の高鳴りを想像し、長いブランクと関係なく、われわれは想いによってつながっていたのだと、確信した。

   <地球交響曲>(ガイヤ・シンフォニー)には、私がいまもあこがれ続けている霊的な生と死が、ぎっしり詰まっていた。「見えるものだけに価値を置く世界と、目には見えない世界に価値を置くことのできる世界がある。私はなぜか、後者に強く引きつかれた」と語る星野道夫氏(アラスカ在住写真家、故人)と彼の友人たちの生き方には、強く共感させられたその他の出演者らも、自分自身が35億年を生きてきた生命体である地球=ガイヤの分身であることを、直感的に自覚していた。自然の送る合図を読み取って、風や波や草花や動物たちと息を合わせながら、彼らが次々に生み出す奇跡と感動を、たぶん同じ波長をお持ちの龍村監督が見事に追いかけ、掘り下げていく。魂にガイヤの記憶を留め、生きとし生けるものと生かし合う道を歩む彼らの顔には、心の平和と輝きが映し出されていた。

  自分の内なる声に耳を傾け、すべてのしがらみをかなぐり捨ててまっすぐに生きる道を、どうして私なんぞは選択しえなかったのだろう。感動はやがて鋭い反省のメスとなって、自分の日常に、刺さってきた……。

  元日の朝、北京郊外にあるわが仮住まいの周辺には、霧氷が陽光に輝く御伽噺のような世界が現出した。いつもは新年という実感が薄い北京の元旦だが、今年に限って、雪のせいなのか、<地球交響曲>による刺激のせいなのか、暦が変わって新しい年の幕開けを迎える気分になり、過ぎし1年を振り返って、たたずむ時間をもった。

   「さる1年間、あなたにとって一番嬉しかったこと、つらかったこと、がっかりしたことは何でしょう?」と、架空のビデオカメラを向けられた場面を想像してみる。(こんな紋切り型の設問しかできないとは、大衆メディアに毒されている証拠にほかなるまい。)意外と答えに窮し、しばらく考え込んだ。そして答えはたぶん、昨年も一昨年もずっと同じであったような気がし、ここに記してみる。

  ーー私にとって、最も嬉しいことは、これまでそうだったが今後もたぶん、愛する人たちが元気に生きてくれていることであろう。最もつらいことは、完全燃焼し切れていない自分をもてあましていること。最もがっかりした事は、すべてを差し置いて、Treeに指摘されたような、霊的退行かもしれない。人生の折り返し点で自戒すべき最たるポイントである。

   地球に響き合うさまざまな「音」を聞き分ける感性が鈍くなっている自分に気づかされたことは、つらい。しかし遅ればせながら、龍村仁という日本人監督の作品を通じて、忘れかけていた「大いなる存在」を、垣間見させていただいたことには感謝したい。二兎、三兎を眺めをささやかな自分だけど、ガイヤの一部として、この世のあらゆる存在と呼応しつながっており、決して孤立しないんだと思うと、世界に温かい眼差しを向けるようになる。励まされれる思いである。

  来る年は、自然や人との交感を意識しながら、一つ一つの出会いとかかわりを大切にしたい。ガイヤから注がれるエネルギーを全身全霊で受け止め、一瞬一瞬を精いっぱいに生きたい。その中で、霊的に一歩成長した自分を、期待している。

   念頭早々に<ガイヤ・シンフォニー>のメッセージを分かちえたことに、心から感謝したい。

  今年も、お互いに、がんばろうよね。 

1月9日

关于沟通的故事--从《千里走单骑》说起

                                           关于沟通的故事 
    那天走进影院之前望着片名揣度,我还以为著名的中国导演和一位著名的日本演员联手演绎的将是一部类似刺秦的恢宏史诗。没想到千里走单骑的不是忠义的关公,而是为走近形同路人而今不久于人世的儿子只身赴云南的日本老人。张艺谋这位奇特的叙述者借助国人心仪的银幕老神高仓健的伟岸形象,讲述的是关于人类普遍意义上的孤独、隔膜以及对沟通的渴望的温情故事。和片中人物一起流下的温热的泪和忍俊不禁的笑声,给这个寒冷的岁末带来阳春般的暖意。
    中日影人联袂其实并不罕见。然而中日关系政冷经亦凉的这个多事之年,意外地看到两国顶级人物倾情演绎的这么一部以日本人为主角而且整个剧情以中日双语展开的感人的贺岁片,对我而言不能不说是件极开心的事。对这部电影的见仁见智的评说想必早已被各路专业人士所穷尽。下面描述的是我以〈沟通〉作为关键词来理解的《千里走单骑》和由此及彼的联想。
    这部电影的主要矛盾是父子冲突。在整部影片中像幽灵只闻其声的儿子,始终拒绝与父亲沟通。通过寥寥几句台词我们推想:可能是父亲的一场背叛或者过错酿成母亲的悲剧,儿子终生不能饶恕父亲曾经的逃避,老父悔过的努力屡屡遭拒。电影开篇就是父亲被儿子神经质的斥声挡在病房门外。隔膜似乎在父子间牢牢地生了根,父亲颓然兀立的身影无限落寞。
    另一方面,儿子也自有他自狱的囚笼。一个旁观者漫不经心地描述:常年流连于人地两生的丽江的他,寻找的不是人群而是陌生本身。可以想象:沉迷于假面的舞蹈的日子,是他让内心彻骨的孤独走出来发出喧声的时刻。
    说真的,直到影片的结尾我也很难断定:儿子真的原谅了父亲了吗?儿媳流着泪诵读的真的是儿子的遗言吗?亲子间交错的爱恨注定是解不开的结,更多的时候沟通的不成立成了生命的常态。从这对渴望沟通却不能言说的父子身上,我仿佛看到了人类自困其中的隔膜与孤独。从这个意义上,神秘朴素的云南的乡间,憨态可掬的邱林及村长们,甚至那用红色幽默手法塑造的一脸严肃但人情味十足的警官,带给那位有着苍凉背影的日本老人的慰籍应是不可估量的。
    影片里还有一对咫尺若天涯的父子。那位唱《千里走单骑》的艺人对弃儿的爱的南辕北辙的表达,让自己成为囹圄之身。威风的关公傩面下涕泗横流的脸,配上幼子执拗地喊出的“不要去见”的画外音,不是生活里经常上演的无奈的戏吗。
    还好影片最后展示的是两颗心穿越隔膜的美好故事。
    当那倔强的孩子在土石嶙峋的峡谷迷走的时候,高仓健扮演的日本老人放弃接他前往的意志是那么干脆自然。他一路尾随着孩子用日语反复嘟囔的话是:“小家伙这是回你家的路吗?”,这个自言自语自然不会有回应,他们看似是一对永远无法沟通的陌路人。然而一夜厮守之后分手时,孩子追着离去的车子一路狂奔,那一声声凄厉的哨音传递:他愿意安心投入的恰是这个陌生老人的怀抱!此时我们看到的是在尊重和信赖里举重若轻地实现的一次淋漓的沟通!
    于是,已经永诀的亲生儿子是否真的原谅自己对这位老人说已不再重要。敞开心扉紧紧拥抱另一个生命的美好感受带他走出背负了大半生的悲哀。给另一个绝望中的父亲送去他的骨肉至亲的音容笑貌时,我们从沉默的老人那沧桑的脸上看到的是深深的爱。。。
    这部影片堪称是对隔膜和沟通的最温情的阐释。有点煽情的结尾应该给很多因不得要领而时常走到愿望的反面的苦恼人生带来慰籍。
    走出影院时我不禁有了这样的联想:阻断通往彼此的路径的,往往是我们自己的执念和专断的意志,沟通所需要的,有时可能仅是放下自己的一点点努力而已。真正的沟通其实无需语言。片中的中国人和日本人自始至终都是各说各的语言,也许是一种暗示吧。